最高裁判所第一小法廷 昭和45年(オ)306号 判決 1970年11月19日
上告人
瀬戸照男
代理人
山口源一
加藤保三
被上告人
村民毛織株式会社
代理人
羽田秀雄
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人山口源一、同加藤保三の上告理由について。
原判決によれば、訴外株式会社増井宏商店(以下訴外会社という。)は被上告会社に対し金八八八万円余の債務を負担していたところ、昭和三四年八月一五日被上告会社に対し訴外会社所有の第一審判決添付の物件目録記載の物件(以下、本件物件という。)価額合計金五四九万〇三三八円相当を、同額の債務の代物弁済として譲渡したのであるが、右代物弁済は、被上告会社の代表者らが訴外会社に倒産の気配があることを察知し、他に債権者のあることを知つていたが、自己の債権の回収を図るべく、訴外会社の代表者らに対し、債務の支払かこれに代わる商品の交付を要求し、訴外会社の代表者らは、これを拒絶していたものの、被上告会社から引き続いて強硬な要求を受け午前三時頃に及んだため、ついに疲れあきらめて、本件物件を収納してある倉庫の錠を開け、被上告会社において右物件を運び出し持ち去るに任せたというのである。原審の右認定は、原判決挙示の証拠関係(ただし、原判決の理由中に第九号証の二、第一〇、一一号証とあるのは、それぞれ甲第一号証の九の二、同号証の一〇、一一の誤記と認める。)に照らして首肯するに足りる。そうとすれば、被上告会社がその債権回収のためとつた方法は、常軌を逸したものというべきであるが、原審が、右認定事実に基づいて、訴外会社としては、右のとおり被上告会社に本件物件を譲渡すれば他の債権者を害するであろうことを認識していたといえるが、これを害することの積極的な意思のもとになしたものとは認めがたい旨説示し、右代物弁済行為とならないとした判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例(最高裁判所昭和三二年(オ)第三六二号、同三五年四月二六日第三小法廷判決、民集一四巻六号一〇四六頁)は、無資力の債務者が既存債務の担保として一部の債権者に抵当権を設定した事案に関するものであつて、債権者から執拗に要求されてやむなくなした物件価額と同額の債務の代物弁済に関する本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、右と異なる見地に立つて原判決を非難するか、または原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(入江俊郎 長部謹吾 岩田誠 大隅健一郎 藤林益三)
上告代理人の上告理由
(一) 原判決は判決に影響を及ぼすこと明かなる法令の違背がある。
一、原判決は被上告人会社と訴外株式会社増井宏商店との代物弁済契約について「控訴人(被上告人会社)が他の一般債権者に先がけて自分の債権の回収を計るべく右物件を譲受ける意思であつたことは十分に認められるところであるが、債務者である右会社としては右物件を代物弁済として控訴人に譲渡すれば他の債権者を害するであろうことを認識していた」と認定しながら、「これをのぞみ意図して右代物弁済を承諾したものとは認めがたい」として詐害行為の成立には債務者が債権者を害することを知つていたことのみでなく積極的に害することを意図しもしくは欲してこれをしたことを要すると解し、一審判決を取消したものである。
二、ところで民法四二四条で規定する詐害行為取消権なるものはいうまでもなく、債務者の一般財産が債権者の最後の守りをなすものであるから、その不当に減少する行為をする場合にこの効力を奪つて、その減少を防止することにある。
そして右法条に「債権者ヲ害スルコトヲ知リテ」とは講学上所謂「詐害の意思」と呼称されているものであるが、その内容について「詐害の意思の内容は債権者を害する行為であること、いゝかえれば詐害行為となるものであることを知ることである。それ以上に別段の意欲ないし害意を必要としない」(我妻栄、民法講義Ⅳ新訂債権総論一八九頁)とされ学説は「意欲(害意)ではなく、文字どおり知つていること(悪意)で足りる」としている。(通説、我妻栄編著、判例コンメンタールⅣ債権総論一三六頁)民法四二四条に「債権者ヲ害スルコトヲ知リテ為シタル法律行為」とあることからも明白であるように、その文理上からも単なる認識で足り、それ以上の意欲を要件とはしていない。右のように通説の見解が極めて妥当であることは前記法条の立法趣旨にも合致するものといわねばならない。
更に本件のように債権者の一人が自己の債権の満足を得るためにその債権の支払に代えて強硬に代物弁済を求めた場合に、債務者において詐害の認識があつても、これが取消の対象にならないとするときは、強硬に要求した債権者のみが保護され債務者の唯一の資産である本件物件の移転が肯定され、他の一般債権者は何んら保護されない結果となり、原判決の論理を貫くと、強要など強硬にその弁済を迫つた債権者は法の名のもとに保護され、強要などによらない債権者の弁済受領行為は詐害行為の対象となることゝなつて極めて不合理な結果を招来し債権者に対しその弁済を受くるために強要行為を助長する結果となることは明白である。
(二) 原判決は更に最高裁判所の判例と相反する判断をしたもので判決に法令の違背があるものである。即ち、
最判昭和三五年四月二六日第三小法廷判決(民集(六)一〇四六頁)は従来の大審院時代からの理論を排斥して「詐害行為の成立には債権者が、その債権者を害することを知つて法律行為をしたことを要するが、必ずしも害することを意図しもしくは欲してこれをしたことを要しない」と判示しそれまでの態度を改めたものであり(前記コンメンタール一三七頁参照)原判決は詐害の認識の他に別段の意欲を要件とする見解をとつたのであるから、右最高裁判例に背反し、法律の解釈を誤つたものである。
(三) 更に債権者において詐害の意欲がなかつたとの判断も亦審理不尽であり、解釈を誤つたものである。
(四) 以上の理由により第一審判決を排斥しこれを取消した原判決は失当として取消すべきである。